GSXーS125 に 一年ちょっと 乗って


2017年晩秋に長らく存在していなかったようなキャラクターの125ccMTのニューモデルが突如発売開始になり、翌年3月に入手したGSX-S125。
1年ちょっと乗ったが、本当に良く出来たバイクであり、アタッたと思う。
30万円ちょっとの価格の割に、チープさが殆どなく、速度、馬力(トルク)も125ccとしては申し分がない。
今は、色々なバイクの可能性をトライアル、発掘というよりは、通勤(駅駐輪場まで)に、買い物に、釣りに、実家にとマッタリ、フル活用している。
 最近、愛着というものが湧いてきている。 比較的今まではポンポンとバイクを乗り換えてきたが、それも若さ故に ”あれもこれも” 色々チャレンジ的な要素と 飽き や 維持費と生活費の兼ね合い、バイク当該車への期待違いなどの問題があったのだろう。
 しかし、今回は125cc原付き自転車ということもあり軽自動車税(二輪)は2400円/年、と任意保険は 軽自動車に付帯のバイク特約で済むため維持費の問題に頭を悩ますこともなく、使い勝手は最高。(駅前駐輪場は124cc以下まで許可の場合が多い)
 で、走行性能は120km/hrまで引き出せる能力と、長距離でもあまり疲労しない乗りやすさ。MTならではの人馬一体感とABS付きブレーキの安心感と180cm近くの身長があっても窮屈さを感じない大柄な車体サイズ。
 本当に「お気に入り」と称するに足るバイクになり得た。多分このまま長期保有に入るだろう。 高級車とかひと目とか関係ないのである。 自分(の価値観)が主人公なのだ。

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最近面白いブログ記事を見つけた。
AX-1物語
続・AX-1物語

続続・AX-1物語



デュアルパーパスの魁で、少し時代を先取りしすぎて販売が振るわなかったホンダAX-1乗りの バイクへの愛着についての考察がなんとなく気持ち的に同意できた。結局は機械への主観的な愛着だろう。これは昭和世代の少年時代や若かりし頃のラジオ、通信機器、コンポ、プラモデル、ラジコン、PC自作、への渇望と衝動が起源している気がする。自己満足の世界なのだ。
そういえば 盆栽とか ガーデニング とかも作り上げた後に人に見せて評価してほしがったり、値付けをしてもらいたがったりするが やはり究極の自己満足を追求するという点では同じで それが「趣味」なんだろうと思う。
 そう考えると MTバイク と スクーター と 車 って やっぱり 何か求める本質部分が違うと思う。

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釣りとバイクと世紀末思想の全ての自己満足を満たすために形を変えた自己満足の最終形態。
それこそが自分にとっての最終兵器バイクなのである。